佐仁通信

忘れられない味

 五月十五日NHKの『生活ホットモーニング』で三河湾のタコ漁の話を放映していました。

 それで思い出したのですが、私には二つ、きのうのことのように鮮明に舌に残っている味があります。一つは、母親がタコ取り名人といわれた友人宅で食べた干しダコの味です。多分近くの海で採ってきたばかりのタコだったと思います。ちょっと茹でて、焚き火の残り火(ウキリ)で焙っただけの、素朴なものでしたが、タコの味とほのかな塩味が微妙に交わって、自然のうまみとは『こういうものか』と思わせるものでした。

 もうひとつは、母と親しかったおばさん(故人)が調理して食べさせてくれた大根の煮しめです。四十数年前のことですから、とくに高価なダシを使ったとは思えないのですが、どうして人の心にしみる味を作り出せるのか、あれ以来私は、煮物はやはり年齢をかさねた人が作ったものが美味しいと思うようになりました。
 あまり料理が得意でない私にもひとつだけ褒められた料理があります。三十年も前の話ですが、夫の仕事の関係の、男性ばかり十人ほど接待することになったのです。初冬のことでしたので、練炭火鉢を二つ用意して、湯豆腐をこしらえました。浅めの鍋にダシ昆布を敷き、真ん中に大きめのコップ、醤油、砂糖、ダシ汁を入れ、まわりに豆腐を切ってならべ、煮ながらコップのダシ汁につけて食べるだけの簡単なものですが、仕事帰りの空腹と、寒くなりかけの季節が、その手料理とマッチしたのか、とても好評で久しく『ミキ姉の家で食べたあの時の湯豆腐はおいしかった』と語り種になったほどでした。

 心に残る味とは、季節、素材、料理を作る人の心が一体となった時に生まれるのかもしれません。『元気なうちに、もう一度、あの時あなたが作った・・・を味わいたい』と、お年寄りに(そういう私もじゅうぶんに年寄りですが)、ともかく心に残る手料理をなんとか作ってみたいと心ひそかに思いつづけています・・・。


メニューに戻る

 
 
inserted by FC2 system