佐仁通信

桑の実

 百坪程度のわが家の家庭菜園に隣接するキビ畑の一角に、一本の桑の木が生えています。
 二メートル弱のその桑の木に青い小さな実がついているのを見つけたのは何月ごろだったでしょうか。
 毎日畑に行っているわけではないので忘れかけていたところ、その桑の実が、ぐんぐん大きくなり、いつの間にか紫色に熟れているではありませんか。なかには、濃い紫色に完熟しているのもあったのです。
 戦中、戦後に子ども時代を過ごした私たちの年代にとって、山の木の実(椎の実)、里の木の実(桑の実)、イヌマキ(ひとつばの実)などは、友だちと競争して口にする大切なおやつでした。野苺なども競い合ってとりあう好物のひとつでした。親に『ハブに気をつけろ』と常ずね注意されながら・・・。
 自然のものだけでは満足ぜきず人家の庭先に実っているバンジロウや、島ミカンを一つ、二つ、失敬して、家主に見つかりどなられた経験は、当時の子どもなら誰もがもっていることでしょう。
 雨上がりだったので、その大きく紫色に熟れた桑の実を二・三粒思わず口にしたところ、夫から『ホコリがついているかもしれないのに・・・』といわれましたが、私は子どもの頃にタイムスリップしたような懐かしい何とも表現しようがない味が、口のなかに広がりました。甘く、柔らかく、ジューシーなその味は、遠い昔の父母、兄弟、姉妹たちとの想い出と重なって、私には最高の贈り物になったのでした。
 今ごろの子どもなら見向きもしないであろう、その小さな桑の実が、ほんのり、ほのかな幸せを一瞬私にもたらせてくれました。


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