佐仁通信

わたしの小さな夢

 鹿児島県は切り花の消費量が全国一位だといわれています。先祖を敬い、墓参を欠かさず、墓前にたくさんの花を飾るからだといわれています。その説を裏付けるように、奄美でも先祖崇拝の念は宗派を問わず根強く、わたしも旧暦の一日十五日には何をさておいても必ず花、線香、お酒をもって墓参りをします。
 集落の高齢化にともない天候を気遣う人が多くなったためか、最近は前日の夕方に早々と墓参する傾向がありますが、わたしは余程のことがないかぎり、当日の夜明けをまちかねるようにして出かけます。自分自身の先祖の墓をはじめ姉や叔父叔母など五ケ所の墓参を終える頃には小一時間ほど経っています。墓地が砂浜につながる小高い砂丘状になっていることもあって、帰るときにはとても清々しい気分になっています。ちょっと遅くなった朝食もいつになく進みます。

 旧暦一日一五日の二三日前になると、集落の二軒あるお店に切り花がでます。「アア、墓参りが近づいたのだな-」と気づきます。店頭の花は一束二百円です。それほど高価というわけではありませんが、しかし最低二束買っても一回の墓参には足りません。それで庭の塀沿いに並んだヒトツバや花壇に植えたキク、あるいは季節によっては野生のツワブキの花を採ってきて付け足すなどいろいろ工面します。
 親戚、縁故が多岐にわたっている集落の中では、多い人は七、八ケ所、少ない方でも二、三ケ所の墓前に花を添えます。わたしでも毎回最低でも二束、四百円の出費です。月二回八百円。年にして九千六百円。およそ一万円。集落二百戸のうち百戸の家庭が月二回墓参用の花を買うとすると、およそ百万円が名瀬の花屋さんに流れていくという計算になります。

 わたしは集落で、気心の合った十数名で「三十日会」という親睦組織を主宰しています。そのなかで昨年あたりから墓参用の切り花を畑の一角に意識的に植えて、お金の流失を少なくしていこうと話し合いました。町主催の公民館講座・園芸教室に通う人さえでてきました。

 ただでさえ不況で現金収入が少なくなり、それに介護保険料のアップ、年金カット、消費税率の引き上げがいわれている昨今、自衛手段として支出を抑えていこうというわけです。
 わたしたち夫婦は、この四月から身辺の雑事を整理して時間的余裕をつくる段取りです。その時間的余裕を、種苗を買ってきて間に合わせていた家庭菜園の野菜や花を、種の段階から自家製にしようと計画しています。シマダイコン、ニンジン、フダンソウ・・・・の野菜類や四季折々の花も種、球根、そしてさし芽をして自給するつもりです。
 故郷を離れての給与生活が長く、農業はまったく素人のわたしです。どれほどできるかは自信ありませんが、先輩、知人に教えてもらったり、参考書を紐解きながら、それこそ一からはじめていくつもりです。

 わたしの新年の夢。それは小さくても、大輪の、すべて手作りのいろいろな花をつくること・・。


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